2011年12月15日木曜日

ベルリン、壁とホロコーストとクリスマスと壁。

寒かったオスロの次に訪れたのは、ドイツの首都・ベルリン。ドイツの経済中心地は、首都のベルリンというより、フランクフルトにあるようで、ベルリンの存在は以前から気になっていた。首都なのに、首都らしくない街。

ベルリンに関する知識といえば、ベルリンの壁のみ。だから、本来は別に行くつもりなんて、サラサラなかった。

ただ、出発前に、ベルリンはいいぜ!フランクフルトは、行く意味ないぜ。なんて、友達から聞いたもんだから、期待は少しあったといえば、あった。

到着して感じたのだが、日本の感じに似ているということ。人は穏やかで、シックな色使いで、小物使いがうまく、オシャレ。街もロンドンやオスロとは違い、ネオンがあり、建物もそこまでヨーロッパっぽくない。愛想が無いわけではないが、ちょうどいい距離感がある。

嫁さんの友達から聞いたドイツのご飯を求めて、東ベルリンに到着。おそらく、ポテトと小麦粉を混ぜて練ったのだろうという、焼きうどん風の食べ物・スパッツェル。4ユーロちょっとでかなりの量が出てきた。



ご飯を食べて、ベルリンの壁が残るEAST SIDE GALLERYへ。ロンドンでもレンタルサイクル制度は導入されているのだが、ここベルリンでも。しっかりと太陽光発電を使っている様子。




僕たちが小学生のころに、壁は崩壊。ものすごく身近な歴史を目の前にしても、実感はわかなかった。当時は、この壁の向こうと、こちらで、生活も仕事も、食べ物も、全て違っていたんだな、なんて。






ホロコーストの記念碑を訪れて、東と西をつなぐバカでかい門を見て、バカでかい議事堂を見て、飯食ってるサンタを見かけて。







ベルリンにいると、新しい鞄が欲しくなる。すれ違う人、すれ違う人、それぞれがオシャレな鞄を持っているからだ。

ベルリンにいると、新しい靴が欲しくなる。すれ違う人、すれ違う人、それぞれがナイスな靴を履いているからだ。

ベルリンにいると、日本を思い出す。いい距離感で、いい雰囲気で、ちょうどいい。

ベルリンにいると、後に向かうスペインが億劫になってくる。スペイン人旅行者のデカイ笑い声が耳障りに感じるからだ。

あぁ、ベルリン、ほんとに、いい街。


2011年12月12日月曜日

ノルウェーと裸身像と、エネルギー。

住み慣れたロンドンを出発し、最初に向かったのは、スコットランドのエディンバラ。曇っていて、天気が悪くて、なんてイメージがあったのだが、着いた日は、歴史的な強風。

生まれて初めてだろう、飛行機で吐く寸前までいったのは。飛行機の窓から見えるエディンバラの景色は、僕の頭の中のイメージと大きく異なり、近代的な建物がたくさん。その奥に、岩でつくられたようなゴツゴツした建物が広がっていた。横に座っている嫁さんに、『案外、建物が近代的な感じやなぁ』と、気を紛らわせるために言おうとしたものの、気持が悪すぎて、言えなかった。しまいには、片手に備え付けの袋を握り、いつでもどうぞ、という気持ちだったが、何とか耐えることができた。

僕たちは格安航空を使ったのだが、格安航空というのは、ほとんどのサービスがない。水でさえ、お金が必要になってくる。そんなことにクレームを言うつもりはさらさらないのだが、ひょっとすると、ゲロ袋に対しても、課金されるんじゃないか、と頭をよぎった。その貧乏根性が、ゲロを止めてくれたのかもしれない。(嘘)





スコットランドは、強風と、気持悪さと、時間の無さで、ブログに書くことはしない。ただ、ひとつ。もっと早く行っておくべきだったし、もっと日程を取るべきだった。

スコットランドに行くつもりは、最初の計画ではなかった。それが、航空券の値段を調べてみると、次に向かうノルウェーのオスロ行きのチケットが、格段に安かったのだ。もちろん、スコットランドに行って、ご飯を食べて、宿に泊って・・・という風に過ごすと、高くはなるのだが、最初そんな気持ちで向かった場所だった。それが、意外に良かったのが、ちょっと残念。





そして、今はノルウェーのオスロの日曜日の夜。ここに来た目的はただ一つ。大学時代に仲の良かったベンというやつに会いに来たかったのだ。僕の英語力も、6年前に比べると伸びているだろうし、ベンも仕事をして、随分大人になっているだろうな、と思っていたから。

映像を見せてもらったのだが、相変わらず、スノーボードは巧いし、笑い方は変わらないし、エキサイティングなスポーツは好きなようだった。

ただ、英語で話して初めて、ベンの違う一面が見れた。6年前は、ベンが日本語を話していたし、僕らは大学生だったから、普通の若者のような感じだったが、6年経った今、ベンって、めちゃ賢いやん、と何度も思わされた。

もちろん、日本語を話す外国人は、みな賢いのだが、6年前の僕にはそれがわからなかったのだろう。

彼は、今ノルウェーの政府のために働いている。日本でも今議題に挙がっている、エネルギー政策が、彼の担当。ノルウェーは、スウェーデン、デンマーク、フィンランドなんかと、エネルギーを共有しているそうだ。

ノルウェー自身は油田があり、エネルギーに困っているということではないのだが、将来を見越して、持続可能なエネルギーは、どういうものを使えばいいのかを考えているらしい。

ここで、エネルギー問題の話をしても、仕方ないので、興味がある人は、また次の機会にでも。



僕たち日本人が考える北欧は、ムーミンであったり、IKEA、NOKIAなんかのデザインもの、女性ならマリメッコ、ロイヤルコペンハーゲンなど、どれがどこの国か分からない感じかもしれない。僕もその一人だった。

でも、ノルウェーはほかの北欧の国に比べ、貧しく、成長が遅かったらしい。なので、一般市民が嗜好品をそこまで買うことがなかった。そのことが、いろいろな産業において、隣国から遅れを取る原因になったそうで。ただ、北海に油田を発見し、市民のレベルもあがってきて、ここ30年ほどで隣国に追いついてきた。

だから、今では街に他の世界都市と変わらないお店や、インテリアショップがたくさんあった。物価が高い、物価が高い、とロンドンにいるときに、何百回も聞かされたが、まさにその通り。物価が高いと言われているロンドンより、少し高い感じか。ただ、家賃はロンドンの半額くらいだろうか。安い。


ベンと彼女が住んでいる家、中心から歩いて、数十分の利便のいい土地。周りにたくさんの大使館がある。家賃が安い。


彼女とベンは、この3泊4日、付きっきりだった。本当に、ありがとう。


クリスマスマーケットなんかにも連れて行ってくれた。おかげで現地の人とも触れ合えることができた。ベンも、ノルウェーワッフルを手にして満足。このワッフル、家でも作ってくれたのだが、ベルギーワッフルの丸型とは違い、ハートが3つ重なるミツバのようになっている。ノルウェーのセンス。


これが、圧巻の民族舞踊。コサックダンスを混ぜたり、独特な間で小刻みにジャンプを繰り返し、ステッキの先に吊るされた帽子を蹴り落とすというダンス。これをパロディーにして、帽子を持っている女性の顔を蹴るなんて、CMもあった。


ベンが、クリームソースを作ってくれた。ノルウェーの昔から食べられている食べ物だそうで、美味しかった。ますます、意外な面を見れた。


このテーブルで、ずっとひたすら話をした。6年前は想像もつかなかったけど、エネルギー問題の話や、将来の話、孫正義の話、日本の政策の話、いろいろできた。ベンは、博学である。自分の親父へのお土産も決まった。



この公園はよかった。


ロンドンでは、たくさんの子どもがサッカーを楽しんでいたのだが、ノルウェーではアイスホッケーならぬ、バンディを楽しんでいた。ところ変われば、いろいろ変わるものである。



ノルウェー、これから注目の国です。ありがとう、ノルウェー、ありがとう、二人。

2011年12月6日火曜日

BYRONとバイロンとミルクシェイクと仲間。

あっという間に、2年経つ。異国での経験は、自国での経験より時間が経つのが早く感じる。いや、前の会社の2年半もあっという間だったか。新しい経験は、いつも自分を高めてくれるし、スピードが早い。

もう、街はクリスマスの装いで、何やらロンドン中心は買い物客を出迎えるクリスマスの装飾がすごいようで。

僕が働くバイロンでも、七面鳥を使ったターキーバーガーが登場した。クランベリーソースに、ホウレン草に、グリルされたジューシーなターキーがドカンと柔らかいバンズにくるまれている。

美味かった。舌が痩せたのか、最近結構何でも美味いと思うようになってきた。

そんなわけで、12月に入り、1年間在籍させてもらったバイロンを退社した。途中から移籍した一番忙しい支店で最後を迎えたのだが、この店の週末は盆と正月を一緒に迎えたような忙しさだ。

昼間には子連れの客で賑わい、大人を気取った子どもたちがバーカウンターに腰をかける。『僕は、ミルクシェイクを頼むんだ!しかも、オレオのやつをね!』なんて、めちゃめちゃバタバタと仕事をしている僕に話しかけてくる。そうかそうか、でもおじさんはオレオミルクシェイクを作るのが、一番面倒で、嫌いなんだよ、なんては言えない。あんな、美味しそうにシェイクを飲む子どもたちの表情を見ると、一生懸命作らなくては、なんて思わされる。

また、一生懸命作っていると、その子どもたちは僕の手元をじっと見てくる。ああやって、僕らが飲むミルクシェイクは作られているのか、てな具合で。


1年間、ミルクシェイクをざっと5千杯は作っただろう。旧式のマシーンをあえて使うバイロンは、独特の柔らかいシェイクを作ることが出来る。その分、作るには結構な筋肉が必要になる。右腕の裏側は、ミルクシェイク筋がついた。

もう、見知らぬ子どもにミルクシェイクを作らない。絶対、作らない。一生、作らない。あー、終わったーー!しゃーー!!って、いう気分でいっぱいである。

金髪の、青い目をした、とってもかわいい子どもが『私は、ストロベリーのミルクシェイクを飲みたい。』なんて、バーカウンター越に言ってきても、『俺、もう、バーテンダーちゃうし!!』って、胸を張って言える。


そんなこんなで色んな国籍の、色んな人と一緒に働けたバイロンは、素敵なハンバーガーレストランである。ロンドンに行った際は、是非行ってほしい。もちろん、ミルクシェイクも一緒に注文してほしい。ちなみに、ミルクシェイクは何味でもいいのだが、『Thickでお願いします。』ということを忘れずに。さもないと、下手なバーテンダーだと、シャバシャバのものが出てくることもあるので。


本当に素敵な仲間に出会えたバイロン。ありがとう。最後に、コソっとみんなからの寄せ書きをもらった。正直、予期していなかったので、もらったときは思わず泣きそうになった。そのレターの表紙は、『5歳の誕生日おめでとう!』なんて書いてある誕生日カードだったが、そんな冗談も嬉しかった。カードの中を開けて、たくさんの人からの寄せ書きを見て、本当にウルっときそうになったが、何せ外国人の字の汚いこと、汚いこと。なんて書いてあるか、読めないのも多々あり、泣きませんでした。いや、泣けませんでした。


バングラディッシュのカジ。愛想がよくて、頭もよくて、働きもの。言葉がダメでも、愛想は大事だ。


僕のことを、Mr.タイソン!と呼んでいたブラジル人のパウロ。おそらく外国で働くには、英語は話せないといけないのでは?なんて思っている人も多いと思うが、彼の英語は、まったく理解不可能。


ジンバブエ出身のジョン(左)とラトビア出身のアンナ、二人はカップル。来月、数日家に泊めさせてもらう予定。


スペイン・マラガ出身のセルジオ。マラガと聞けば、青い海と空をイメージするだろうが、彼は4年間引きこもりだったとか。几帳面で、でも愛嬌があって、仕事は出来なかったけど、キッチリしてるやつ。


そのセルジオと同郷・スペインのマドリード出身のダビ。小さくて、愛想があって、良い奴。いつも、僕のことを見付けては、『タァァイ!』と。スペイン語交じりで、英語を話す良い奴。


アルジェリア人の古株・サム。ゲンキ!?とコンニチワを覚えて、会えば、お辞儀をして、握手をしてくれる。仕事は遅いけど、お客は後回しだけど、適当ではない。


どんだけ忙しくても、冗談をめちゃめちゃ言ってくるスペイン・マドリード出身のマリオ(中)。小さいけど、細いけど、いつも明るくムードメーカー。日曜の夜は、締めながら、こそっとビールを飲んだ。

そして、左がマネージャーのギャレス。ビックリしたのが、彼がゲイだったということ。ゲイは多いが、まさか彼はゲイだと思わなかった。ゲイだけに、本当に几帳面で、気分屋で、なかなか距離をつかめなかった。ただ、最後は良い感じで終われた。


1ヶ月前に入ったバーテンダーのレオナルド。ルーマニア出身で、小さいころよりイタリア・ローマで生活。こいつも愛想がよくて、イタリア語、スペイン語、ロシア語、ルーマニア語、と話せるやつ。こんな奴に、そんだけの言語が話せると思うと、言語の壁がグッと低く感じる。このショット以外にも、数ショット撮ったのだが、『写真撮って!写真撮って!』とやたら連呼してきたから、『なんで、お前の写真ばっか撮らなアカンねん。わしゃ、お前のカメラマンか!』と怒鳴った。


渡英前は、仕事場の人に対して、自分の意見をブツけるなんてことが出来なかったけど、だいぶ出来るようになったと思う。ここでは、ガンガン言わないと、どうしようもない。また、英語のレベルもバラバラなので、きっちりと言わないと、誤解で後でややこしくなる。

めっちゃ、腹も立ったし、その分めっちゃ楽しくもあった。一番の良きパートナーである、フランス人のハッサンは、写真にいない。で、みんなの寄せ書きにも書かれていない。それは、書いたり、最後の写真を撮ると、余計に寂しくなるからだそう。


明日、最後にパーっと飲んできます。

ミルクシェイクじゃなくて、酒を。

2011年11月25日金曜日

クスリとリスク。

一応、ロンドンを離れる日が近づいてきて、仕事も最後の週になる。あー、短かった、早かったとつくづく思う。


そんな振り返りはさておき、最近ハマっていたドラマがあった。タイトルは『TOP BOY』。ロンドン西部・ハックニーを舞台にしたギャングのドラマで、黒人ギャングがクスリを売ったり、銃を打ったり、人間関係に胸打たれたりするドラマ。今現在起こっているドキュメンタリードラマ。

主なテーマは、おそらくギャングになるな、というメッセージだと感じた。

主人公の中学生の男の子が、母親が精神的な病気で入院している間に、住んでいる団地界隈でクスリの商売をするギャングに誘われる。ただ、その少年はその誘いを断るが、親友がその一味として働きだし、ギャングの中は中で抗争が起こり、クスリを敵のギャングにパクられ、それを裏で糸を引いてたのが、実は自分たちの親玉で・・・みたいなドラマ。(段々と面倒になったため、省略)

全4話なのに、展開も素晴らしく見物のあるドラマだった。早く第2弾が見たい。
こっちのドラマは、作品がありきで俳優がいる。だから、ほとんど先入観をなく見ることが出来る。
今回の場合は、ラッパーが主人公だったが。


また、おそらく日本のラジオでも流れているかと思うが、リアーナというアーティストのwe found love. PVの舞台がロンドンということもあるのか、いやもうリアーナは世界中で人気だろうが、この曲は先週まで5週連続1位。

この曲の内容は、クスリに溺れて、愛を失ってしまったことを歌っている。


また、また、これもおそらく日本で流れているかとは思うが、エド・シーランの『the A team』という曲。アコースティックが心地よい、アイルランド系のアーティスト。この『the A team』という曲も、昔はクラスの人気モノだった女の子がクスリに溺れて、体を売って、そのお金でクスリを買って、死んでしまうという曲。

こんだけ同時期に、クスリに関する作品が発表され、またそれがプロモーションのおかげか、バカ売れしている。

こういう風にして、クスリに対する意識を持たせているのだろうか。いずれにしても、クスリが若者に行き渡っているのだろうな、と感じる。

TOPBOYの予告編をどうぞ。音楽は、ブライアン・イーノです。


そして、エド・シーランの『THE A TEAM』。

2011年11月19日土曜日

リバプールとビートルズとビートルズと訛り。

マンチェスターの次の日は、リバプール。リバプールといえば、ビートルズ。リバプールを観光していると、ビートルズでどれだけ成り立っているか、分かる。

観光客が向かうさきは、いたるところにビートルズがいるわけだ。もちろん、ビートルズばかりということではないが、ビートルズの存在はでかい。


バスで、マンチェスターからリバプールに移動して、バスターミナルを降り立つと、思っていた光景と違う光景が目の前に。少し薄暗く、街の中心とは思えない。聞こえてくる英語も、訛りが強く、ほとんどがイングランド人で、多種人種のロンドンとはまったく違う。アジア人も珍しいのか、チラホラ周りから見られる。知らない街と、薄暗い雰囲気に、気持ちが少し萎えた。

早々に宿を探すも、土地勘もなく、時間をかけて、宿を見つけ、一休み。そのままではもったいないと思い、歩いて、街の中心に向かうと、ロンドンより小洒落たストリートに出くわし、少し安心。

そのまま、マシューストリートというビートルズのメッカと掲げてある通りに向かって、安心した姿が上の写真。おどけた表情も、100パーセントではない。


翌朝、カーテンを開けると、まさかの快晴。あまり天気を期待していなかったので、テンションがあがる。

宿から数分の場所にある、メトロポリタン大聖堂という建物を目指す。この大聖堂は、かなり新しく、かなりモダンだと聞いたので、期待に胸を膨らませ、歩くこと、数分。


ホープストリートという通りに出ると、ドドーンと見えてくるのが、このメトロポリタン大聖堂。新興宗教の建物のようで、れっきとしたキリスト系の建物。カトリック系の建物だが、設計者はプロテスタントなんだとか。確か、唯一地下に駐車場がある聖堂とも。


天気がよかったのも、ラッキーで、ステンドグラスの反射が半端なく、とても美しかった。コンサート会場のような大聖堂。今まで訪れた宗教建築の中でも、おそらくベスト5には入る。

ホープストリートには、ジョンレノン、ポールマッカートニーなどが在籍した、リバプール・インスティトゥーション・パフォーマンス・アートというカレッジがある。芸術系の大学で、今はポールマッカートニーがオーナーだとか。

このカバンには、在籍した著名人の名前がヒトツヒトツ彫られている。ジョンレノンの名前が、なぜかなくなっていた。おそらく、取られたのだろうか。



HMVも、ビートルズ押し。その後、マジカルミステリーツアーという、ビートルズの史跡ツアーに参加。旅行で、こういうツアーに参加するのは、おそらく初めてで、どんなもんかと思ったが、かなり良かった。こういうツアーでしか行けない場所に、2時間のうちに結構まわってくれるし、ガイドのジョークもよく、楽しめた。


ド派手なバスに乗って、いざ出発。



ペニーレインがバスの中で流れ始めると、ペニーレインの説明が始まる。饒舌なリバプール訛りのガイドがジョークを交え、説明。

かつて、ここの角には銀行があって、これが歌に出てくる床屋の場所で・・・うんぬんかんぬん、と。マニアでもなんでもないが、ほぼ昔から変わらない町並みに少し感動。


ジョンがたびたび訪れていた孤児院がある、ストロベリーフィールド。勝手に、ジョンは慈善活動をするために、訪れていたのかと思いきや、この中に忍び込んで、酒を飲んだりしたのだとか。なんじゃ、それ。そんな1シーンは、2000年の『in his life』という映画で見ることができる。ちなみに、この映画、youtubeでも見ることが出来るので、気になる方は是非。ちなみにちなみに、かなりのリバプール訛りなので、聞きづらいことこの上ない。

また、ツアーのガイドは、ジョンの最初のバンド仲間として登場しており、そのことを自分で言ってた。


ジョンが18歳まですごした家。おばさんと住んでいたそうで、今はナショナルトラストによって保存。ナショナルトラストのツアーで中に入ることも出来るそう。


リバプール、若者が多く、活気があり、ウォーターフロントは良い景色で、坂道が多くて、ビートルズで飯を食っている人が、どれだけ多いのだろうと、思った。

この2年間のうち、リバプールに数ヶ月でも住んでいれば、もっとリバプール英語も話せるようになったのだろうな、と妄想したり。

実際に宿で話した日本人男子は、2年間のワーホリを今半年を終えて、リバプールに移り住んできたそう。今から仕事やら、住まいやらを探すと言っていたが、健闘を祈りたい。

白人が圧倒的に多く、アジア人、黒人の数は少ない。英語とイギリスの文化を体験したいなら、いいのかも。





2011年11月14日月曜日

マンチェスターと流行と曇り空。

だいぶ、更新を怠ってしまった。このブログ史上最長のブランク。自分でも信じられない。何をしていたわけでもないのだが、ちょっと忙しかった。

今のハンバーガー屋にもう一人バーテンダーが入ってきた。今まで3人で回していた時間を4人で割るのだから、一人当たりの時間は少なくなる。それは、給料が減ることを意味する。

でも、僕は12月からヨーロッパをちょこっと回ろうと思っているので、ここでの減給はいただけない。ということで、同僚から時間を譲ってもらって、何とか労働時間を増やしていたわけだ。今までより、増えたわけではないが、休みが週に1回だったり、長時間労働の日が入ったり、といちおう、忙しくしていたわけだ。

あと、2週間か3週間で、バイロンから退社ということになる。その3週間で、出来るだけ人の時間をいただきながら、やることもやって、と充実した日を送れればいいが。

充実した時間をすごせているかは、わからないが、つい最近、リバプールとマンチェスターに行ってきた。ロンドンから、バスでマンチェスターまでは5,6時間。そして、マンチェスターからリバプールまでバスで、1時間。リバプールから、ロンドンまでは、電車で2時間半。結構近いものだ。そして、安かった。

行きの、マンチェスターまでのバスなんて、一人500円ほど。帰りの、リバプールからロンドンまでの電車でも2000円ほど。安い。日本も、交通がもっと安くなれば・・・と思うのだが、全て安いことは、良くないのだろうか。いや、安いのを好む人もいれば、少し高くても快適なものを好む人もいるはずだ。


さておき、マンチェスターは、10年前は地元の人も怖がったノース・クオーターというエリアに滞在。もちろん、僕たち旅行者が今は普通にいけるのだから、今は問題ない。

逆に、今はイケているエリアで、ショッピングや、飲食店が並んでいる。確かにオシャレなエリアだった。





マンチェスターといえば、サッカーで、マンチェスターユナイテッドと、マンチェスターシティというチームが有名だ。とくに、ユナイテッドは、世界的に有名でファンも多い。ただ、マンチェスターの人はシティを応援するのだそう。





話は変わって、イギリスで11月11日といえば、とても大事な日である。第一次世界大戦が休戦した、1918年の11月11日から、戦没者追悼の日であるという。街を歩く、イギリス人の胸には、赤いポピーの花がつけられている。去年、見かけたときは、一瞬僕も購入しようかと思った。しかし、ちょい待て、と。これは、未だに戦争が行われているアフガンや、シリア、などの戦没者も含まれている。さらに、さかのぼって言えば、世界大戦で日本人に殺された人も含まれているし、日本人を殺した人も含まれている。

他の国の、こういう行事は、イベント感覚で参加すべきではないと思った。良い意味でも、悪い意味でも、現地の人にとれば、色々な考えがあって、うかつにするべきではない。さらに、戦争は無条件に反対であるので。

そんな日に、僕たちはマンチェスターにいた。さらに、午前11時、マンチェスターの中心にある、市役所にたどり着くと、多くの人が。何や、と思い、僕らも一緒になって、立っていると、ボン!とかなり大きな空砲が。そこから、誰も動かず、町が静まりかえった。聞けば、毎年11月11日は、11時に2分間の黙祷があるのだとか。去年、サンドウィッチマンの仕事をやっていたときは、そんなことあったか?それとも、たまたま外にいたから、気づかなかったのか。




マンチェスターは、曇っていたが、小さい町だが、特にコレというものはないが、よかった。どの町も、新しく若手のアーティストが作ったコミュニティがあり、そこが流行の最先端になっていく。

久しぶりに、書いたら、結構文章が長くなったので、リバプールは、また次回。